カネボウ中興の祖・伊藤淳二の光と影|日航再建の真相と経営の教訓
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伊藤氏のキャリアにおいて最大のドラマのひとつが、1986年の日本航空(JAL)会長就任です。1985年8月に発生した日航ジャンボ機墜落事故により、地に堕ちた安全信頼と激しい内部対立に苦しんでいたJALの立て直しに向け、中曽根康弘首相が直々に「三顧の礼」をもって伊藤氏に再建の舵取りを要請しました。
カネボウ会長を務めながら日航のトップを無報酬で兼務するという異例の体制で乗り込んだ伊藤氏は、カネボウで培った「労使融和」の手法を日航に持ち込もうと試みます。分裂していた複数の労働組合と直接対話を重ね、現場の声を聞くトップダウン改革を断行しました。
しかし、官僚体質が色濃く残る日航社内の抵抗勢力や、運輸省(現・国土交通省)の思惑、さらに先鋭化していたパイロット組合などとの対立は想像以上に根深いものでした。伊藤氏の掲げる理想主義的な労使対話は、既存の経営陣から「特定組合への肩入れ」「越権行為」と激しく批判され、社内抗争が泥沼化します。
結果として、改革は道半ばのまま、就任からわずか1年あまりの1987年3月に無念の退任を余儀なくされました。山崎豊子氏の小説『沈まぬ太陽』に登場する国見正之会長のモデルとしても広く知られるこの日航再建劇は、日本の大企業における組織改革の難しさを物語る歴史的事件となりました。