タコライスとは?タコ不在の理由と沖縄発祥の歴史・本場レシピ解剖
タコライスとは?タコ不在の理由と沖縄発祥の歴史・本場レシピ解剖に関する知りたいポイントをわかりやすくまとめました。要点を確実におさえることができます。
タコライスの歴史を紐解く上で欠かせないのが、タコライス発祥の地として知られる沖縄県国頭郡金武町(きんちょう)です。金武町には米海兵隊の主要基地「キャンプ・ハンセン」があり、古くから米軍関係者向けの飲食店やバーが立ち並ぶゲートタウンとして栄えていました。
タコライスの由来は、1984年にまで遡ります。当時、米軍基地のゲート前に店を構えていた飲食店「パーラー千里(せんり)」の創業者・儀保松三(ぎぼ まつぞう)氏が考案しました。
1980年代前半、急激な円高ドル安が進んだことで、米海兵隊員たちの給料(ドル建て)の実質的な価値が目減りし、外食費を切り詰める兵士が急増しました。その窮状を目の当たりにした儀保氏は、「若い兵士たちに、安くて満腹になる美味いものを腹一杯食べさせてやりたい」という一心で試行錯誤を重ねます。
当時すでに基地の街で親しまれていたタコスの具材に着目した儀保氏は、コストがかかるトルティーヤの代わりに、安価で腹持ちの良い白米の上にタコミートや野菜を山盛りに載せて提供することを思いつきました。これがタコライスの誕生です。
その後、儀保氏は1985年にタコライス専門店「キングタコス金武本店(通称キンタコ)」をオープン。山盛りのご飯にパックのフタが閉まらないほどのタコミートとチーズを盛り付ける豪快なスタイルが口コミで爆発的な人気を博しました。パーラー千里は惜しまれつつ2015年に閉店しましたが、そのスピリットと秘伝の味はキングタコス各店に引き継がれ、現在も全国からファンが訪れる聖地となっています。
1990年代に入ると、栄養バランスの良さと調理の効率性から沖縄給食タコライスとして県内の小中学校の学校給食に採用され、子どもたちの人気No.1メニューへと登りつめます。こうして幼少期からタコライスに親しんだ世代が育ったことで、一過性のブームにとどまらず、沖縄県民の暮らしに根ざした沖縄ソウルフードとしての地位を不動のものにしました。