大日本帝国の国旗は旭日旗?日の丸との違いや歴史の真相を解説

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日本の象徴として白地に赤丸を描く意匠は、古代の太陽信仰や神道儀礼にルーツを持ちます。源平合戦の頃には武家が軍旗や扇に太陽を描くようになり、やがて江戸幕府の末期に外交上の必要性から国家のシンボルへと発展しました。

幕末の1854年(安政元年)、薩摩藩主・島津斉彬らの進言を受けた江戸幕府は、外国船と日本船を明確に識別するため「日の丸」を日本総船印として採用しました。その後、明治維新を経て誕生した新政府もこの伝統を継承します。

明治政府は1870年(明治3年)の太政官布告第57号「商船規則」において、白地中央に朱赤の日章を描く旗を「国旗」として制定。同年布告第651号「海軍御旗章国旗章並諸旗章」でも正式に規定されました。大日本帝国憲法下においてもこの規定が効力を持ち続け、国際法上も「日の丸=日本国旗」として世界各国に承認されていました。

第二次世界大戦後の占領期(GHQ統治下)には一時的な掲揚制限を受けたものの、独立回復とともに制限は撤廃。1999年(平成11年)に公布・施行された「国旗及び国歌に関する法律(国旗国歌法)」によって、歴史的慣習法であった日の丸が改めて成文法上の国旗として明文化され、現在に至っています。

橋本 菜々子

橋本 菜々子

トレンドリサーチャー

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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