草薙の剣の実物は熱田神宮にある?見た人の証言と壇ノ浦の謎を追う

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神道において、最高峰の御神体を目視することは絶対の禁忌(タブー)とされています。しかし、歴史の記録を紐解くと、不可抗力や好奇心によって「草薙の剣の実物を見た」とされる人物たちの記録が残されています。

最も詳細な証言として知られるのが、江戸時代中期の儒学者・新井白石が著した『玉匣記(ぎょくこうき)』や、熱田神宮の神官・松岡真人らの記録です。元禄年間(1688〜1704年)、熱田神宮の社殿建て替えに伴い、神剣を収めた唐櫃(からびつ)が傷んでいたため、神官たちが秘密裏に修繕を行った際、内密に御神体を実見したと伝えられています。

その古文書に記された草薙の剣(天叢雲剣)の形状的特徴は以下の通りです。

  • 長さ:約2尺7〜8寸(約82〜85cm程度)。
  • 刃の形状:菖蒲(しょうぶ)の葉のように中央がやや膨らみ、両刃(剣)の構造をしている。
  • 地金と色:錆びのない白銅のような青みがかった白金色。
  • 茎(柄の部分):魚の背骨のように中央が盛り上がり、柄と一体化した頑強な造り。
  • 全体の雰囲気:一般的な日本刀(片刃の反りがある刀)ではなく、古代の青銅峡や直刀に近い両刃の古代剣。

記録によれば、神剣を直視した神官たちは畏怖のあまり震え上がり、その後、中心人物であった神官が重病を患って急死するなど、関係者が次々と変事に倒れたと記されています。この出来事を受け、尾張藩主・徳川光友は激怒し、関わった神官たちを処罰・追放するとともに、神剣を厳重に封印させたという記録が残っています。

また、飛鳥時代の天智天皇7年(668年)には、新羅の僧侶・道行(どうぎょう)が熱田神宮から草薙剣を盗み出して逃亡を図った「草薙剣盗難事件」が日本書紀に記録されています。道行は神剣の霊威による暴風雨で渡航できず捕縛され、剣は朝廷を経て朱鳥元年(686年)に再び熱田神宮へと戻されました。この事件の際にも、神剣は不可侵の神宝として人々の目に触れることなく厳封されたと伝えられています。

石川 優花

石川 優花

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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