新井薬師梅照院の歴史とご利益徹底解剖!縁日や護摩祈祷の全貌
新井薬師梅照院の歴史とご利益徹底解剖!縁日や護摩祈祷の全貌に関する専門家の意見を丁寧に解説いたします。
新井薬師梅照院の草創は、天正14年(1586年)に遡ります。高尾山薬王院の僧であった沙門行春(ぎょうしゅん)が諸国修行の途上、この地に湧く清らかな井戸水と梅の木に心打たれ、草庵を結んだことが始まりと伝えられています。寺号である「梅照院」の由来も、境内にある古梅の木が夜な夜な光を放ったという奇瑞に端を発しています。
その後、梅の古木の中から現れたと伝わるのが、薬師如来と如意輪観音が一木に刻まれた「二仏一体」の秘仏です。この霊仏の名声を天下に知らしめた決定的な出来事が、江戸幕府二代将軍・徳川秀忠公の五女である東福門院和子(まさこ)姫の眼病平癒でした。幼少期に重度の眼病を患った和子姫のために祈願を重ねたところ、たちまち平癒したことから、徳川家をはじめとする諸大名から庶民に至るまで絶大な信仰が広まりました。
同時に、第五代将軍・徳川綱吉公の病気平癒祈願も成就した記録が残っており、子どもの健康と成長を守護する「子育て薬師 祈願」の拠点としても定着しました。以来、真言宗豊山派に属する新井薬師は、中野の地で庶民の苦しみに寄り添い続ける祈願寺としての地位を確立しています。