三島由紀夫はゲイだったのか?同性愛の真相と美輪明宏・手紙裁判の全貌

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結論から述べると、三島由紀夫(本名・平岡公威)が強い同性愛傾向を持つバイセクシャル(あるいは同性愛者)であったことは、現代の文学研究や歴史的記録において揺るぎない事実として定着しています。

決定的な原点となったのが、1949年に発表された出世作『仮面の告白』です。作中では、主人公が幼少期に絵画「聖セバスチャン」の殉教図を見て初めての性的興奮(自慰)を覚える場面や、同級生・近江の逞しい肉体、汗の匂いに強烈に惹きつけられる様子が克明に描かれています。単なるフィクションを超え、自らの内面をえぐり出した自伝的小説として、当時の文壇に凄まじい衝撃を与えました。

さらに1951年から1953年にかけて発表された長編小説『禁色(きんじき)』は、日本文学史上初の本格的な「男色(同性愛)小説」として知られています。老作家・檜俊輔が、女性を愛せない絶世の美青年・南悠一を操り、自分を裏切った女性たちへ復讐を企てる物語です。作中には、当時の東京に実在した同性愛者のサロンやゲイバー、逢瀬の場であった日比谷公園の夜の生態が、取材に基づき極めて精緻に描写されています。

文学作品の中だけにとどまりません。三島は1950年代から1960年代にかけ、新橋の「やなぎ」や銀座の「Brunswick(ブランコ)」など、当時アンダーグラウンドに存在したゲイバーの行きつけの常連でした。店内で美青年たちと談笑し、時には海外の同性愛者向け雑誌を取り寄せて熱心に閲覧していた姿が、当時のバーのママや作家仲間によって多数証言されています。

佐々木 一輝

佐々木 一輝

ビジネス戦略アナリスト

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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