出門英の早すぎる死因とヒデとロザンナの絆|遺族の現在と闘病の真実

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多忙を極めていた出門英の体に異変が生じたのは、1989年のことでした。当初は激しい腹痛や体調不良を過労や潰瘍と考えていましたが、精密検査の結果、判明した病名は結腸がん(大腸がんの一種)。すでに病状は進行しており、周囲の臓器への転移も認められる深刻な状態でした。

当時、日本の医療界では「本人へのがん告知」は一般的ではなく、患者に絶望感を与えないために家族だけに真実を伝え、本人には「良性のポリープ」「重度の潰瘍」と偽るケースが大半を占めていました。出門家においても、執刀医から非情な余命宣告を直接突きつけられたのは、当時まだ30代後半だった妻のロザンナでした。異国の地で最愛の夫の余命がわずか数カ月であると知らされた彼女の精神的負荷は、想像を絶するものがありました。

自著や当時の回顧録によると、ロザンナは「絶対に奇跡を起こす」と誓い、夫の前では常に明るい笑顔を崩さず、食事療法や看病に奔走しました。一方の出門英自身も、自らの体の急速な衰えから病の重篤さを薄々察知していた節があり、病床で家族への感謝を口にし、痛みに耐えながら新曲の構想を練るなど、最後の瞬間まで生きる意志を手放しませんでした。

しかし、医学の進歩が現在ほどではなかった時代、病魔の進行を止めることは叶わず、1990年6月17日、出門英は47歳という若さで息を引き取りました。この日は奇しくも父の日。家族に看取られながらの早すぎる命日でした。

佐々木 一輝

佐々木 一輝

ビジネス戦略アナリスト

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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