日々是好日の禅の意味は毎日が良い日ではない?雲門禅師が説く真意
日々是好日の禅の意味は毎日が良い日ではない?雲門禅師が説く真意についての真相をご紹介します。
Q1:一般的に正しいとされる読み方はどれですか?
A1:最も広く使われているのは「ひびこれこうじつ」です。ただし、禅寺の法話や茶道の世界では漢文の伝統に従って「にちにちこれこうじつ」と読まれることも非常に多く、どちらを用いても間違いではありません。公の席で発言する際は、より伝統的な響きを持つ「にちにちこれこうじつ」を選ぶと造詣の深さが伝わります。
Q2:身内に不幸があったり、大失敗をした日でも「好日」と言えるのでしょうか?
A2:言えます。ただし、それは「悲しい出来事を喜べ」という意味ではありません。深い悲しみや痛みを誤魔化さず、「自分は今、これほどまでに誰かを想い、悲しんでいる」という生の感情を逃げずに引き受けること。その悲嘆の日すらも、人生において無駄な日ではなく、命の深さを知る尊い一日(好日)であると捉えるのが禅の立場です。
Q3:履歴書の自己PRで「座右の銘」として書く際の注意点はありますか?
A3:単に「楽観的な性格です」というアピールに繋げてしまうと、「楽天家で危機管理能力が低い」と誤解される恐れがあります。「順境のときには謙虚に努力を重ね、逆境のときにも感情に流されず着実に課題へ向き合う姿勢」という文脈で補足すると、採用担当者に精神的な成熟度とレジリエンス(回復力)の高さを強く印象づけることができます。
Q4:似たような意味を持つ他の禅語にはどのようなものがありますか?
A4:代表的なものに「脚下照顧(きゃっかしょうこ:他人の批判をする前に自分の足元をよく見よ)」や「八風吹不動(はっぷうふけどもどうぜず:利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽という8つの外的刺激に心を揺らされない境界)」などがあります。いずれも外部環境に惑わされず、自己の主体性を保つ教えとして共通しています。