10月15日は何の日?きのこや手洗いの意外な理由と歴史の真相
10月15日は何の日?きのこや手洗いの意外な理由と歴史の真相について押さえておきたい 注意点を厳選して解説いたします。
歴史の記録を遡ると、10月15日は人類の時間感覚を根底から覆した決定的な日であることが分かります。最も衝撃的な出来事が、西暦1582年の「グレゴリオ暦への改暦」です。
当時使われていたユリウス暦は、1年を365.25日として計算していたため、実際の太陽年(約365.2422日)との間に毎年約11分14秒の誤差が生じていました。このわずかなズレが約128年で丸1日に膨らみ、16世紀には天文学上の春分点とカレンダーの日付が実に10日間も狂ってしまっていたのです。キリスト教圏において春分を基準に定められる復活祭(イースター)の算出に深刻な支障をきたしたことから、ローマ教皇グレゴリウス13世は大規模な改暦を決断しました。
公式の教皇勅書に基づき、イタリアやスペイン、ポルトガルなどのカトリック諸国では、「ユリウス暦の1582年10月4日(木曜日)」の翌日を「グレゴリオ暦の1582年10月15日(金曜日)」と定めました。カレンダー上で5日から14日までの10日間が丸ごとスキップされたため、歴史上この10日間に生まれた人や起きた事件は公の記録に存在しません。私たちが普段使っている西暦カレンダーの第1日目こそが、まさに1582年10月15日でした。
また、近代史においても大きな節目が刻まれています。1815年10月15日、ワーテルローの戦いで最終的な敗北を喫したフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトが、英軍の軍艦ノーサンバーランド号によって南大西洋の孤島・セントヘレナ島に配流されました。ヨーロッパの覇権を握った英雄が絶海の孤島に幽閉され、生涯を閉じる悲劇のプロローグとなった日です。
国内に目を向けると、1882年10月15日には曹洞宗専門学本校が曹洞宗大学林専門本校へと改称され、現在の駒澤大学が開校しました。宗教的学問の府から近代的な高等教育機関へと舵を切った記念碑的な日付として、今も大学史に刻まれています。