「故郷の空」歌詞全文と原曲の真相!歩行者用信号に選ばれた理由とは
今注目を集めている 「故郷の空」歌詞全文と原曲の真相!歩行者用信号に選ばれた理由とはについて、多角的な視点を分かりやすく掲載しています。
「故郷の空」は、明治21年(1888年)11月に文部省音楽取調掛の後身である東京音楽学校関係者らによって編纂された『明治唱歌 第一集』に掲載されたことで世に出ました。作詞を手がけたのは、後に『鉄道唱歌』のメガヒットでも知られる国文学者・詩人の大和田建樹(1857〜1910年)です。一般には小学校の音楽教科書などを通じて1番や2番のみが広く親しまれていますが、原典には秋から初冬へと移ろう自然と望郷の念を緻密に描写した全4番の構成が存在します。
「故郷の空」1番から4番の歌詞全文
【1番】
夕空晴れて 秋風吹き
月影落ちて 鈴虫鳴く
思へば遠し 故郷(ふるさと)の空
ああ 我が父母 いかにおはす
【2番】
澄みゆく水に 秋萩(あきはぎ)散り
玉なす露は 芒(すすき)に結ぶ
思へば似たり 故郷の野辺
ああ 我が兄弟(はらから) いかにある
【3番】
雁(かり)がね渡る 夕山影(ゆうやまかげ)
紅葉(もみじ)は燃えて 錦(にしき)を敷く
思へば恋し 故郷の山
ああ 我が友垣(ともがき) いかにある
【4番】
野分(のわき)は止みて 星影冴え
霜冴え渡る 窓辺の床(とこ)
思へば寂し 故郷の夢
ああ 我が面影 いかに見む
古語の解釈と現代語訳(意味の掘り下げ)
大和田建樹が用いた言葉は、研ぎ澄まされた雅語(古典語)でありながら、歌唱に乗せた瞬間に情景が脳裏に立ち上がる見事な音数律(七五調)を誇ります。現代の感覚でその情景を読み解くと、単なる郷愁にとどまらない、近代国家の礎を築くために上京・離郷した若者たちの切実な孤独が浮かび上がってきます。
【現代語訳】
1番:夕暮れの空はからりと晴れ渡り、心地よい秋風が吹き抜けていく。月光が地上を静かに照らし、草むらでは鈴虫が涼やかに鳴いている。ふと物思いに沈めば、はるか遠く離れた故郷の空が偲ばれる。ああ、私の父と母は今、どのように健やかにお過ごしだろうか。
2番:澄み切って流れる小川の水面に、秋萩の花びらが散りこぼれ、玉のように美しい露がススキの穂先に宿っている。この景色を眺めていると、懐かしい故郷の野原の情景が重なって思い出される。ああ、私の兄弟姉妹たちは今、どう暮らしているのだろうか。
3番:夕暮れの山並みの影を縫うように、雁の群れが列をなして空を渡っていく。山肌は燃えるような紅葉に染まり、まるで豪華な錦織を敷き詰めたかのようだ。思い返すごとに恋しくてならないのは、あの故郷の山河だ。ああ、青春を共に過ごした私の友人たちは今、元気にしているだろうか。
4番:激しい秋の嵐(野分)は吹き止み、夜空には星々が冴え冴えと鋭く輝いている。窓際のベッド(寝床)にまで厳しい霜の気配が染み入る寒い夜。目覚めて物思いに沈めば、故郷の夢はあまりにも切なく寂しい。ああ、遠く離れた故郷の人々の瞳に、いまの私の姿はどのように映っているのだろうか。
1番の「父母」、2番の「兄弟(はらから)」、3番の「友垣(親友)」、そして4番では「自らの存在意義(我が面影)」へと、連を追うごとに視線が身近な血縁から友、そして自己の内面へと深化していく見事な文学的構造を持っています。明治という激動期に、故郷を離れて学業や職務に奔走した当時のインテリゲンチャの心境に、この詩は深く寄り添っていたのです。