「母に捧げるバラード」武田鉄矢を育てた母イクの壮絶人生と金言

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青年期を迎えた鉄矢さんは、福岡教育大学に進学するものの教職には就かず、音楽の道を志してフォークグループ「海援隊」を結成します。しかし、プロデビューを夢見て上京したものの下積み生活は厳しく、鳴かず飛ばずのまま借金ばかりが膨らむ八方ふさがりの状態に陥っていました。

絶望の淵に立たされた鉄矢さんが、ふるさと福岡の母から浴びせられた小言や愛情のこもった叱咤激励をそのまま詞にしたのが、1973年発表の「母に捧げるバラード」です。「鉄矢、お前も男なら…」という博多弁の強烈な語りで始まるこの楽曲は、瞬く間に全国のリスナーの心を揺さぶり、ミリオンセラーを記録。海援隊を解散の危機から救い、翌1974年のNHK紅白歌合戦初出場へと導く奇跡を起こしました。

母を歌のネタにしたことについて、鉄矢さんは当初「お袋に叱られるのではないか」と恐れていたそうです。しかし、レコードを聴いたイクさんは「鉄矢、親をダシに使って飯を食うなら、日本一の親孝行者になれ」と笑い飛ばしたといいます。子どもの弱音を受け止めつつ、芸の道へ腹を括らせた母の度量の広さが伺えるエピソードです。

佐藤 大輔

佐藤 大輔

シニアコンテンツプロデューサー

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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