顕正会とは何か?強引な勧誘手口と創価学会との違い、現在の実態を解剖
顕正会とは何か?強引な勧誘手口と創価学会との違い、現在の実態を解剖とは一体何なのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。
顕正会を理解する上で避けて通れないのが、母体であった「日蓮正宗」からの破門経緯と、同じ日蓮系新宗教である「創価学会」との激しい敵対関係です。
顕正会の前身は、1957年に結成された日蓮正宗の信徒組織「妙信講(みょうしんこう)」でした。創設者である浅井甚兵衛氏とその長男・浅井昭衛氏を中心に活動していましたが、1970年代に入り、日蓮正宗の総本山・大石寺に建設された大建築「正本堂」の位置づけを巡って宗門および創価学会と決定的な対立に突入します。
当時、創価学会と日蓮正宗執行部は正本堂を「実質的な事の戒壇(事実上の国立戒壇の達成)」と位置づけようとしました。これに対し妙信講側は「国家権力が公認していない正本堂は偽物であり、御遺命(日蓮の遺志)違背である」と猛烈に反発。1974年7月には、妙信講青年部が東京・信濃町の創価学会本部に街宣車で突入・乱入する騒乱事件を起こしました。この過激な行動を重く見た日蓮正宗宗門は、1974年8月に妙信講に対して「講中解散処分(事実上の破門)」を下しました。その後、組織は独立して再建を進め、1996年に現在の「冨士大石寺顕正会」へと改称しました。
現在でも顕正会は、公明党を通じて政権与党の一翼を担ってきた創価学会を「仏法を破壊した最大の元凶」と激しく攻撃しています。また、自ら政党を作ることなく「国会の議決と天皇の勅許によって国立戒壇を建てるべきだ」と訴え続けている点も、現実的な政治妥協を図ってきた創価学会との大きな違いです。