幻の海軍原爆開発「F研究」の真相|京都帝大・荒勝研究室が遺した記録
幻の海軍原爆開発「F研究」の真相|京都帝大・荒勝研究室が遺した記録の主要なニュースをコンパクトにまとめました。全体像を一目で把握できます。
Q1:F研究の「F」とは何の略ですか?
A1:核分裂を意味する英語の「Fission(フィッション)」の頭文字です。海軍内部で機密を保持するため、原子爆弾という直接的な呼称を避け「F研究」「F号研究」のコードネームが用いられました。
Q2:ノーベル賞物理学者の湯川秀樹博士はどこまで関わっていたのですか?
A2:京都帝国大学の教授として、荒勝文策教授が主宰する研究検討会や会議に出席し、核分裂の理論的計算や基礎物理の助言を行っていました。ただし、遠心分離機の設計や兵器化の現場実務に直接従事したわけではなく、戦後は一貫して核兵器廃絶の平和運動(ラッセル=アインシュタイン宣言など)に尽力しました。
Q3:なぜ陸軍(ニ号研究)と海軍(F研究)は協力しなかったのですか?
A3:当時の日本陸海軍の深刻な対立とセクショナリズムが原因です。互いに主導権を争い、ウラン鉱石の探索情報や研究成果を隠蔽し合っていました。戦争末期に統合の動きもありましたが、時すでに遅く、資材枯渇と空襲によりどちらも実用化に至りませんでした。
Q4:日本が原爆を完成させる可能性は本当にゼロだったのですか?
A4:当時の工業力・資源量から見て実戦配備の可能性は完全にゼロでした。アメリカが国家予算の数%と数十万人を動員して成功させたウラン濃縮を、電力も原料も不足していた当時の日本が数台の試作遠心分離機で実現することは物理的に不可能でした。