スマイリーキクチ中傷事件の真相と現在|10年闘争と2026年の警鐘
スマイリーキクチ中傷事件の真相と現在|10年闘争と2026年の警鐘の見逃せないポイントを徹底的にカバーしました。
スマイリーキクチの中傷被害事件が幕を開けたのは、日本のインターネット黎明期にあたる1999年春頃のことでした。当時普及し始めていた大手匿名掲示板において、1988年から1989年にかけて東京都足立区で発生した「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の犯人の一人が「スマイリーキクチ(菊池聡)」であるという悪質な書き込みが突如として行われたのです。
このデマの根拠とされた理由は、「足立区出身であること」「犯人と同年代であること」「かつてヤンキー風のキャラクターでネタを披露していたこと」という、あまりにも稚拙で短絡的なこじつけに過ぎませんでした。しかし、一度ネットの海に放たれたデマは、匿名ユーザーたちの「推測」や「面白半分」の転載によって急速に真実であるかのように拡散していきました。
被害はネット掲示板の中だけに留まりませんでした。所属事務所である太田プロや出演していたテレビ番組のスポンサー企業、出演イベントの会場に対して、「殺人犯をテレビに出すな」「会社を爆破してやる」といった脅迫めいた抗議電凸(電話攻撃)が殺到。本人の仕事は次々とキャンセルに追い込まれ、芸能活動そのものが深刻な危機に瀕することとなったのです。
2011年に出版された自著『突然、僕は殺人犯にされた―ネット中傷被害を受けた10年間』(竹書房)の中で、キクチ氏は当時の絶望的な心境を赤裸々に告白しています。街を歩くだけで「あいつが犯人か」と見られているような被害妄想に苛まれ、自宅のカーテンすら開けられない日々が続いたと振り返っています。