教科書が伏せた歴史の人物の裏の顔と衝撃の死因|名言の真相
教科書が伏せた歴史の人物の裏の顔と衝撃の死因|名言の真相に関する深掘り解説を分かりやすく解説いたします。
華々しい戦歴の末に迎えた最期について、後世の軍記物は劇的な演出を施してきました。しかし、戦国武将経歴と死因を法医学や同時代の日記から検証すると、華麗な討死とはかけ離れた、病魔や生活習慣による過酷な結末が浮き彫りになります。
「軍神」と恐れられた上杉謙信の最期は、劇的な戦死ではなく厠(便所)での脳卒中でした。酒を愛し、塩分の極めて高い梅干しや塩辛を肴に連日飲酒を重ねていた謙信は、現代でいう重度の高血圧症を患っていたことが当時の健康記録から裏付けられています。享年49、春日山城の厠で倒れ、意識不明のまま数日後に息を引き取りました。
一方で、徳川家康生涯と勝因を語る上で欠かせないのが、徹底した健康オタクぶりと危機管理能力です。家康の死因といえば長年「鯛の天ぷらによる食中毒」と俗説で語られてきましたが、宮内庁や徳川林政史研究所の記録を照合した近年の定説では胃がんであったことが確定視されています。家康は自ら生薬を調合し、麦飯を主食として節制を貫いたからこそ、信長・秀吉亡き後の激動期を73歳まで生き延び、幕府260年の盤石な礎を築く最大の勝因を掴み取ることができたのです。