アンタッチャブルはなぜ10年共演しなかった?真相と電撃復活の舞台裏
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コンビ活動停止の引き金となったのは、2010年1月末に発表された柴田の突然の芸能活動休止でした。当初、公式発表では「急性肝炎および体調不良」と説明されていましたが、その後、元交際女性との金銭トラブルや警察の事情聴取を受けていた事実が一部週刊誌でスクープされ、芸能界に激震が走りました。
公の場で語られた関係者の証言や手記によると、柴田は当時、元交際相手の女性からトラブルを警察に相談され、任意の事情聴取や取り調べを受ける事態に発展していました。最終的に柴田自身の刑事責任は問われず、事件性がないこと(冤罪に近い形であったこと)が証明されたものの、警察沙汰になり番組収録に甚大な穴を開けた事実は重く受け止められました。
所属するプロダクション人力舎は、当時のお笑い界においてコンプライアンス管理に非常に厳格な事務所として知られていました。スポンサーやテレビ各局への義理を通すため、事務所は柴田に対して約1年間の芸能活動自粛という厳しい処分を下します。柴田自身も当時の状況について、「完全に自分の不徳の致すところであり、山崎や事務所、番組関係者に多大な迷惑をかけた。自業自得という言葉以外に見当たらない」と反省の弁を繰り返し述べています。この柴田女性トラブルの真相と長期の謹慎が、超売れっ子芸人だった2人の歯車を大きく狂わせる契機となりました。