張本勲の国籍はなぜ韓国のまま?帰化しない理由と激動の半生を追う
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数々のハンディキャップを乗り越え、名門・浪商高校(現・大体大浪商)を経て1959年に東映フライヤーズへ入団した張本氏は、瞬く間に球界を代表するスラッガーへと成長しました。
現役23年間で打ち立てた主な記録は以下の通りです。
- 通算安打数:3085安打(日本プロ野球歴代1位)
- 首位打者:7回(パ・リーグ歴代最多)
- 通算本塁打:504本(歴代7位タイ)
- 通算打率:.3191(歴代4位 / 4000打数以上)
- 最高出塁率:9回(歴代2位)
- 野球殿堂入り:1990年
さらに張本氏の功績は日本国内にとどまりません。1980年代初頭、韓国政府から要請を受け、1982年の韓国プロ野球(KBO)創設にコミッショナー特別補佐官として全面協力しました。日本プロ野球のシステムや運営ノウハウを惜しみなく伝え、母国のプロスポーツ文化の立ち上げに尽力した歴史的功労者でもあります。