徳川家康は何をした人?260年の平和を築いた偉業と真相を解説
徳川家康は何をした人?260年の平和を築いた偉業と真相を解説についての真相をお届けします。
1598年に秀吉が没すると、家康は五大老の筆頭として天下取りへの歩みを加速させます。ここで特筆すべきは、単なる武力行使ではなく、高度な外交・政治工作を駆使した点です。
1600年に勃発した関ヶ原の戦いにおいて、家康率いる東軍がわずか半日で勝利を収めた背景には、開戦前から全国の大名に送った大量の密書(書状)による調略がありました。小早川秀秋の寝返りに代表されるように、戦場で刀を交える前に勝敗の行方を決定づけていた情報戦の巧みさが勝因となりました。
関ヶ原の勝利で実質的な覇権を握った家康は、1603年に江戸幕府を開設。しかし、大坂城には依然として豊臣秀頼と莫大な財力が残されていました。家康は1614年から1615年にかけての大坂の陣(冬の陣・夏の陣)を通じて豊臣宗家を滅ぼし、名実ともに乱世を完全終結させました。後世に火種を残さない冷徹なまでの徹底ぶりが、天下統一を不可逆なものにしたのです。