「おいたわしや」の意味とは?鬼滅・縁壱の名言とネットの真相を解明
「おいたわしや」の意味とは?鬼滅・縁壱の名言とネットの真相を解明について知っておくべき 事実を厳選して解説いたします。
辞書の中の古語に過ぎなかったこの言葉を、2020年代のポピュラーカルチャーの最前線へと引き戻した決定打が、吾峠呼世晴氏による『鬼滅の刃』です。作中屈指のチート級の実力を誇る伝説の剣士・継国縁壱(つぎくによりいち)が放った「おいたわしや 兄上」という台詞は、単なる名言の枠を超え、読者の心に深烈な爪痕を残しました。
この場面が描かれたのは、単行本第20巻・第174話「赤い月夜に見た悪夢」です。始まりの呼吸の剣士でありながら、死の恐怖と弟への嫉妬に耐えかねて鬼舞辻無惨の手を取り、十二鬼月の頂点「上弦の壱」へと堕ちた兄・黒死牟(こくしぼう/人間時代の名は継国巌勝:つぎくにみちかつ)。80余年という気の遠くなるような年月の果て、老境に達した縁壱と、異形の六つ目となった黒死牟が赤い月夜の下で再会を果たします。
かつて神仏の寵愛を一身に受けた最強の弟は、皺だらけの老人となりながらも、鬼の棟梁となった兄を前にして怒りや憎悪を露わにすることはありませんでした。ただ大粒の涙を両目からこぼし、震える声でこう絞り出したのです。
「おいたわしや 兄上」
この台詞が持つ恐ろしいまでの心理的断絶について、当時のジャンプ連載時や単行本発売時の読者コミュニティでも凄まじい議論が巻き起こりました。縁壱の心にあったのは、かつて自分に手作りの笛をくれた心優しい実の兄が、武の道を極めんとするあまり人としての尊厳を捨て、醜悪な化け物に身を窶(やつ)してしまったことに対する「100パーセント純粋な哀憫と絶望」でした。そこには侮蔑や嘲笑といった濁りは微塵も存在しません。
しかし、受け手である黒死牟(巌勝)にとっては、これこそが生涯で受けた最大の精神的処刑でした。巌勝は幼少期から、人知を超えた神域の才能を持つ縁壱に狂おしいほどの劣等感を抱き、「弟の座る高みへ辿り着きたい」という執念だけで人間性を売り払ったのです。その結果手に入れた不老不死の体と無二の剣技を、老いさらばえて死に瀕した弟から「憐れみの対象」として見下ろされた事実――。憎悪や敵意を向けられるよりも、純真無垢な「同情」を向けられた瞬間に、巌勝の積み上げてきた400年の矜持は灰燼に帰しました。この埋めようのない認識の乖離こそが、「おいたわしや 兄上」という言葉を漫画史に残る悲劇的な名言たらしめている所以です。