ニトリ創業者を支えた妻・百百代夫人の真実!貧乏時代を救った最強内助
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似鳥昭雄氏の青年期は、お世辞にも順風満帆とは言えないものでした。大学卒業後に入社した広告代理店を対人関係の不器用さからわずか半年で解雇され、1967年に札幌市北区で「似鳥家具店」を開業したものの、接客が極端に苦手で客と目を合わせることすらできず、店舗経営は開店休業状態に陥っていました。毎月の売上は低迷し、借金取りに怯える日々が続いていたといいます。
そんな八方ふさがりの状況下で行われたのが、百百代夫人との「お見合い」でした。当時の似鳥氏はスーツすら持っておらず、知人から借りた服で見合いの席に臨んだという逸話が残されています。昭雄氏の内気で不器用な性格とは対照的に、百百代夫人は底抜けに明るく、初対面の人とも瞬時に打ち解ける天性のコミュニケーション能力を持っていました。
結婚後、百百代夫人はすぐさま似鳥家具店の店頭に立ち、持ち前の愛嬌と細やかな気配りで次々と家具を売り上げていきました。当時の状況について、昭雄氏はのちの回顧録で次のように語っています。
「自分は人と話すのが怖くて店の奥に隠れていたが、家内は誰とでも笑顔で会話し、お客さんをファンにしていった。彼女がいなければ、似鳥家具店は間違いなく半年で潰れていた」
百百代夫人は接客だけでなく、日々の帳簿付けや資金繰りの管理まで献身的に担当しました。赤字続きで周囲から「もう店を畳んだほうがいい」と忠告された際も、「やれるところまでやってみよう」と夫を力強く励まし続けたのです。この夫婦の二人三脚こそが、のちに海外買い付けによる価格破壊へと舵を切り、日本最大の家具チェーンへと飛躍する決定的な礎となりました。