源氏物語「小柴垣のもと」完全解説|若紫との出会いと心情を徹底解剖

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教科書に掲載される代表的な場面を、原文と現代語訳を照合しながら確認します。文脈の把握と逐語訳の正確さが読解の土台となります。

原文(重要語句)現代語訳と文脈のポイント日もいと長きに、つれづれなれば、夕暮れのいたづら歩きに、何かのゆかり尋ねむとて、柴垣の透き間より覗き給へば、ただこの西面にしも、持仏据ゑ奉りて行ふ尼なりけり。昼間も大変長く、退屈であったので、夕暮れのあてもない散歩がてら、何か気の紛れる縁者でも訪ねようとして、小柴垣の隙間から覗きなさると、ちょうどこの西向きの部屋に、持仏をお祀りしてお勤めをしている尼であった。中に、十ばかりにやあらむと見えて、白き衣、山吹などのなえたる着て、走り出でて来たる女子、あまた見ゆる子供に似るべうもあらず、いみじく生ひ先見えて、うつくしげなる容貌なり。その中に、十歳くらいであろうと見えて、白い着物や山吹色の柔らかくなった単衣などを着て、走って出て来た女の子は、大勢見かける普通の子どもたちとは似ているはずもなく、たいそう将来が有望に見えて、かわいらしい顔立ちである。「雀の子を、犬君が逃がしつる。伏籠のうちに籠めたりつるものを」とて、いと口惜しと思へり。「雀の子を、犬君が逃がしてしまったの。伏籠(鳥かご)の中に閉じ込めておいたのに」と言って、ひどく残念に思っている。「いで、あな幼や。言ふかひなうものし給ふかな。おのがかく今日明日におぼゆる命をば何とも思したらで、雀慕ひ給ふことよ。罪得ることぞと、常に聞こゆるを」とて、「まあ、なんと幼いこと。聞き分けのない様子でいらっしゃいますね。私がこのように今日明日のことと思われる命であるのを何ともお思いにならないで、雀を追い求めなさることよ。生き物を捕らえるのは罪を作ることだと、いつも申し上げているのに」と言って、「初草の生ひゆく末も知らぬ間に いかでか露の消えむとす覧」
とて、初重に泣き給ふを、「若草のように育っていく行く末も見届けないうちに、どうして露のような私の命が消えようとするのだろうか(消えるわけにはいかないのに)」と言って、ひどくお泣きになるのを、源氏の君、見給ひて、「さるは、限りなう心寄せ奉る人に、いとよう似奉れるが、まづ守られ奉るなめり」と、あはれに思す。源氏の君はこれをご覧になって、「そうはいっても、(この少女は)この上なく心をお寄せ申し上げている人(藤壺中宮)に、たいそうよく似申し上げていらっしゃるので、自然と目が見つめ申し上げずにはいられないのだろう」と、胸を打たれなさる。
田中 結衣

田中 結衣

デジタルマーケティングコンサルタント

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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