1970年大阪万博の熱狂と真実|太陽の塔の誕生秘話と現代に残る衝撃

1970年大阪万博の熱狂と真実|太陽の塔の誕生秘話と現代に残る衝撃の基本情報から最新動向までを徹底的にカバーしました。

大阪万博の象徴である「太陽の塔」。この巨大モニュメントの誕生には、モダニズム建築の巨匠・丹下健三と、異分野の芸術家・岡本太郎による強烈な思想のぶつかり合いがありました。

基幹施設のプロデューサーを務めた丹下健三は、お祭り広場の上に長さ292m、幅108m、高さ約30mという世界最大のスペースフレーム「大屋根」を設計しました。それは科学技術の粋を集めた近代合理主義の結晶であり、「進歩」を空間として体現する構造物でした。

テーマプロデューサーに就任した岡本太郎は、この合理的で清潔な空間構想に真っ向から異を唱えました。「進歩と調和というが、人間はちっとも進歩なんてしていない」「縄文の生命力こそが必要だ」と主張した岡本は、丹下が誇る大屋根のど真ん中に穴を開け、太古の生命力を象徴する巨大な塔を突き刺すプランを提示したのです。

当時の建築・構造設計チームからは猛反発が起きましたが、岡本は一切妥協しませんでした。内部には高さ約41mの「生命の樹」が設置され、単細胞生物から人類誕生に至る進化のエネルギーを展示。頂部の「黄金の顔(未来)」、正面の「太陽の顔(現在)」、背面の「黒い太陽(過去)」、そして地下の「地底の太陽(祈り)」という4つの顔を持つ異形の建造物は、近代合理主義への痛烈なアンチテーゼとして世界に衝撃を与えました。

山崎 陸

山崎 陸

ガジェット&アプライアンスライター

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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