なぜブルマ体操着は学校から消えた?廃止理由と歴史の真相を追う

なぜブルマ体操着は学校から消えた?廃止理由と歴史の真相を追うについての疑問解決ガイドをお届けします。

ブルマのルーツは19世紀半ばのアメリカに遡ります。女性解放運動家のアメリア・ブルーマーが提唱した、足首まで覆うゆったりとしたズボンが原型でした。日本には明治時代後期に導入され、当時の高等女学校などで活動的な女子体育着として採用されたのが始まりです。

初期のブルマは、裾にゴムを入れてふんわりと膨らませた「ちょうちんブルマ」と呼ばれる形状でした。露出度が低く、袴(はかま)に代わる動きやすい機能着として歓迎されていたのです。転機が訪れたのは1964年の東京オリンピックでした。女子バレーボール日本代表、いわゆる「東洋の魔女」が着用していた体にフィットしたユニフォームが注目を集め、1960年代後半から太ももを大きく露出させる「密着型ブルマ」が学校指定として急速に広がっていきました。

生地メーカーやアパレル企業は伸縮性に優れた化繊素材(ナイロンやポリエステル)を開発し、運動性能の向上をアピールしました。教育現場側も「下着が見えにくい」「動きを妨げない」という名目で密着型を標準採用し、昭和40年代から平成初期にかけて、全国の中学校・高校で女子の標準スタイルとして完全に定着したのです。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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