イギリス国花はなぜ4つ?バラ・アザミに秘められた王室の歴史と真相
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イングランドの国花であるバラは、単なる美しさだけで選ばれたわけではありません。その背景には、15世紀のイングランドを二分した凄惨な内乱「ばら戦争(Wars of the Roses / 1455年〜1485年)」の終結という大事件が存在します。
当時、王位を巡って争ったのは以下の2大名家でした。
- ランカスター家:赤バラ(Red Rose)をシンボルに掲げる
- ヨーク家:白バラ(White Rose)をシンボルに掲げる
30年にも及ぶ血みどろの抗争の末、ランカスター派のリッチモンド伯ヘンリー・テューダーがボズワースの戦いで勝利を収め、ヘンリー7世として即位します。ヘンリー7世はヨーク家の王女エリザベス・オブ・ヨークを王妃に迎えることで両家の融和を図り、赤バラの外側に白バラ(あるいは白バラの外側に赤バラ)を重ね合わせた新しい紋章「チューダー・ローズ(Tudor Rose)」を創り出しました。
この紋章は「王家の平和と統一」の絶対的なシンボルとなり、現在でもバッキンガム宮殿の装飾、近衛兵の制服、英国王室の紋章、さらにはパスポートのエンブレムや20ペンス硬貨のデザインに至るまで、国家の根幹を成す図案として継承されています。