南極物語リキの飼い主と実話の真相|タロジロを導いた最期の絆

南極物語リキの飼い主と実話の真相|タロジロを導いた最期の絆の注目ポイントを丁寧に掘り下げてご紹介します。

昭和基地に15頭の樺太犬が取り残された経緯には、当時の極地観測船「宗谷」の能力限界と、想定外の超異常気象が複雑に絡み合っています。

1958年2月、第1次越冬隊(隊長・西堀栄三郎氏、犬係・北村泰一氏、菊池徹氏ら)から第2次越冬隊への交代作業が始まりました。第1次隊員11名は小型航空機(セスナ機「天女」およびヘリコプター)で基地から沖合の宗谷へピストン輸送されましたが、その際、犬たちは第2次隊が数日以内に基地入りして世話を引き継ぐ計画だったため、首輪と鎖で繋留され、数日分の食料を与えられた状態で基地に残されました。

ところが直後、昭和基地周辺は猛烈なブリザードと観測史上最悪レベルの分厚い氷盤(パックアイス)に包まれます。宗谷はスクリューや船体を激しく損傷し、自力航行が不可能な「氷閉じ込め(インパック)」の危機に直面しました。米国の砕氷艦「バートン・アイランド」の救援を受けて辛うじて脱出に成功したものの、天候の回復は見込めず、日本政府と観測本部は苦渋の決断として「第2次越冬の完全断念」と全隊員の日本帰還を命じました。

犬係を担当していた実話隊員たち(北村泰一氏ら)は、自らの命を賭してでも基地に戻り犬たちを連れ戻す、あるいはせめて安楽死させるための再上陸を涙ながらに直訴しましたが、人命最優先の原則と悪天候により許可されませんでした。こうして、15頭の樺太犬は極夜が迫る南極の氷原に置き去りにされる運命を辿ったのです。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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