百段階段はなぜ99段?雅叙園に眠る歴史の真相と見どころ完全解説
百段階段はなぜ99段?雅叙園に眠る歴史の真相と見どころ完全解説とはどんな影響があるのか? 詳しい意味を整理してお届けします。
ホテル雅叙園東京の前身である「目黒雅叙園」は、創業者・細川力蔵が芝浦で営んでいた純日本式料亭「芝浦雅叙園」を発展させ、1931(昭和6)年に目黒の地に誕生させました。「庶民が気軽に立ち寄れる本物の料亭」を理想に掲げ、一流の料理と超一流の美術品を融合させた空間は、いつしか「昭和の竜宮城」と謳われるようになります。
目黒雅叙園の敷地には、かつて数多くの豪華絢爛な木造宴会場が立ち並んでいましたが、1988年からの大規模な目黒川改修工事およびホテル全面改築に伴い、その大半が惜しまれつつ解体されました。その中で、山腹の斜面にへばりつくように建てられていたため奇跡的に破却を免れ、現存する唯一の木造建築となったのが、1935(昭和10)年建築の「旧目黒雅叙園3号館」、現在の百段階段です。
東京都教育委員会は、近代和風建築としての卓越した意匠と、昭和初期を代表する画家・彫刻家・工芸家たちが競演した空間の希少性を極めて高く評価し、平成21(2009)年3月16日に「目黒雅叙園百段階段」を東京都指定有形文化財(建造物)に指定しました。木造建築としての頑健な構造美、厚さ約5cmにおよぶケヤキの一枚板を贅沢に使用した階段廊下、そして各部屋に施された絢爛な装飾の数々は、単なるレトロ建築の枠を遥かに超えた近世工芸・近代日本画の生きた美術館といえます。