「ふるさとは遠きにありて思ふもの」詩の真相|室生犀星の壮絶な叫び

「ふるさとは遠きにありて思ふもの」詩の真相|室生犀星の壮絶な叫びの全体像を分かりやすくまとめてご紹介します。

なぜ室生犀星は、そこまで激しい言葉で生まれ故郷を罵倒し、絶縁を誓わなければならなかったのか。その謎を解く最大の鍵は、この詩が書かれた場所にあります。

多くの読者は「東京の安アパートで孤独に暮らす青年が、遠い故郷を美しく懐かしんで書いた」と錯覚しています。しかし近代文学史の定説および犀星自身の書簡が示す事実は正反対です。室生犀星は、文学での成功を夢見て上京したものの生活苦と病に倒れ、挫折の果てに逃げ帰った「故郷・金沢の地」でこの詩を執筆しました。

東京にいた頃、犀星は冷たい大都会の孤独に耐えかね、「美しい金沢の川や山」「幼少期の追憶」を涙ながらに美化していました。それこそが「ひとり都のゆふぐれに ふるさとおもひ涙ぐむ」状態です。ところが、耐えきれずに実際に金沢へ戻ってみると、彼を待っていたのは温かい抱擁などではありませんでした。待っていたのは、私生児として生まれた彼を蔑み、落ちぶれて帰ってきた落伍者をあざ笑う、冷酷で息苦しい地方社会の現実でした。

「故郷は、遠く離れて美しい幻影として胸の内で思い描くからこそ耐えられるのだ。実際に足を踏み入れれば、ここは人間を窒息させる地獄でしかない」――その痛烈な幻滅こそが、「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という冒頭の一行に込められた詩の真相です。「見知らぬ土地でのたれ死に、乞食になろうとも、二度とこの場所には戻らない」という決意は、甘っちょろいノスタルジーの対極にある、血を吐くような自己追放の誓詞でした。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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