魔球シンカーとは?スクリューとの違い・握り方や軌道の真相解明

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日本プロ野球の歴史を振り返ると、シンカーを「究極の決め球」にまで高め、球史に名を刻んだ大投手が何人も存在します。その双璧を成すのが、潮崎哲也氏と高津臣吾氏です。

1990年代、西武ライオンズの絶対的リリーフとして君臨した潮崎哲也の魔球シンカーは、今なお語り草となっています。サイドスローから繰り出されるそのボールは、打者目線で「一度ストレートのように浮き上がった直後、視界から真下に消える」と恐れられました。自著や後年の専門番組インタビューにおいて潮崎氏は、「人差し指と中指を完全に開き、ボールを指の股深くに挟み込んで、縫い目には指を一切かけずに押し出す感覚だった」と語っています。縫い目を指先で弾かないことで空気抵抗によるバックスピンを完全に消滅させ、重力加速度に任せた強烈な自由落下を実現していたのです。全盛期の潮崎氏のシンカーは、落差が50cm以上に達したと推計されており、右打者の膝元から左打者の外角ボールゾーンへ急降下する弾道は、まさに現代科学でも再現が極めて困難な芸術品でした。

一方、ヤクルト黄金期の守護神を務め、メジャーリーグでも活躍した高津臣吾シンカーの真相は、球速差による「究極の心理戦」にありました。高津氏のシンカーの真骨頂は、カウントを取る120km/h台のシンカーと、決め球として投じる100km/h前後の極端に遅いシンカーを自在に投げ分けた点にあります。当時の野村克也監督が提唱したID野球の申し子として、高津氏は「打者が真っ直ぐを待っているところに、最もタイミングの合わない遅いボールを、最も打たれにくいコースへ落とす」ことを徹底しました。打者はボールが来ないと分かっていても体が前に突っ込んでしまい、泳がされて内野ゴロの山を築いたのです。

さらにシンカー使い歴代名投手まとめとして外せないのが、阪急ブレーブスの黄金期を支えた通算284勝のアンダースロー・山田久志氏です。打者の内角をえぐる剛速球と、外へ沈むシンカーのコンビネーションは打者を恐怖に陥れました。同じく下手投げの名手・高橋直樹氏や、福岡ソフトバンクホークスでMVPを獲得した攝津正氏が操った精緻なシンカー(チェンジアップ気味の沈むシンカー)など、時代ごとに投手の生命線として受け継がれてきました。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。

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