山形伝統「おみ漬け」誕生の真相|近江商人の知恵と青菜漬けとの違いを徹底解剖
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山形おみ漬けの起源を紐解くと、江戸時代後期から明治初期にかけて全国を行き交った豪商・近江商人(おうみしょうにん)の足跡に行き着きます。当時、山形は最上川の舟運を通じて紅花や米の集散地として栄え、近江商人が頻繁に商いで逗留していました。
山形の冬の保存食である「青菜漬け」を仕込む際、農家では大きくて柔らかい茎や葉の中心部を本漬けに使い、筋張った外葉や根元の余り部分は大量に廃棄されていました。この光景を目の当たりにした近江商人が、「野菜の命を余すところなく使い切るべきだ」と、捨てられるはずの外葉を細かく刻み、大根や人参などの根菜とともに塩漬けにする手法を伝授したと記録されています。
近江商人の代名詞である「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」の思想、そして物を粗末にしない「始末の心」が、豪雪地帯・山形の生活の知恵と結びついて昇華したのがおみ漬けです。その名称も、「近江(おうみ)漬け」が訛って「おみ漬け」へと転じた説、あるいは細かく刻んだ野菜を大切にいただく敬称としての「お身漬け」に由来する説など、先人たちの感謝の念が名前に刻まれています。