中曽根家系図の全貌解剖|名門材木商から総理・皇室・財閥へ広がる閨閥の真相
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中曽根家の権力基盤の原点を辿ると、政治家ではなく群馬県高崎市で一代にして財を成した豪商に突き当たります。元首相・中曽根康弘氏の父親である中曽根松五郎氏は、関東有数の材木商「古力(こりき)」を営む素封家でした。山林売買や製材業で莫大な富を築いた父・松五郎氏の資金力と地元での名望が、後に康弘氏が東京帝国大学法学部(現・東京大学)を経て内務省へ進み、政界へ打って出る強固なロジスティクスとなったのは歴史的な事実です。
康弘氏の妻となった蔦子(つたこ)夫人は、旧制高知高等学校校長などを務めた教育者・小林儀秀氏の三女です。厳格な官僚・教育者の家庭で育った蔦子夫人は、猛烈な政治闘争を繰り広げる康弘氏を陰で支え続け、地元・群馬の後援会関係者からも「気品と芯の強さを兼ね備えた理想の政治家の妻」として深く敬愛されました。康弘氏と蔦子夫人の間には、長男の弘文氏、長女の美恵子氏、次女の美智子氏、三女の夕季氏が誕生しています。
長男の中曽根弘文氏は、慶應義塾大学商学部を卒業後に旭化成へ入社。民間企業での勤務を経て父・康弘氏の首相秘書官を務めた後、1986年の参議院議員選挙で初当選を果たしました。以降、文部大臣や外務大臣、参議院議員会長など自民党の要職を歴任し、穏健で誠実な政策通として確固たる地位を築きます。
そして現在、一族の第3代として衆議院議員を務めるのが中曽根康隆氏です。弘文氏の長男として生まれた康隆氏は、慶應義塾幼稚舎から慶應義塾大学法学部に進み、米国コロンビア大学国際公共政策大学院(SIPA)で修士号を取得。世界有数の投資銀行であるJPモルガン証券での勤務を経て政界入りを果たしました。防衛大臣政務官や内閣府大臣政務官を歴任した康隆氏は、安全保障や防衛産業基盤の強化、少子化対策において鋭い論陣を張っており、単なる世襲の枠を超えた政策通として永田町内で評価を高めています。