やなせたかしの弟・千尋の戦死と真相|朝ドラとアンパンマン誕生秘話
今注目を集めている やなせたかしの弟・千尋の戦死と真相|朝ドラとアンパンマン誕生秘話について、多角的な視点をご紹介しています。
やなせたかし(本名:柳瀬嵩)には、3歳年下の実弟・柳瀬千尋(ちひろ)がいました。二人の幼少期は決して平坦なものではありません。新聞記者だった父・清が中国の上海で客死した当時、やなせはわずか5歳、千尋は2歳でした。未亡人となった母が再婚することになり、兄弟は高知県後免町(現在の南国市)で開業医を営んでいた伯父・柳瀬亮の家に引き取られることになります。
伯父の養子となった環境の中で、兄弟の性格は対照的に育ちました。兄の嵩が内向的で絵ばかり描き、どこか目立たない少年時代を過ごしたのに対し、弟の千尋は幼い頃から頭脳明晰、スポーツ万能、明朗快活で誰からも愛される天性の人気者でした。千尋は旧制高知高等学校を経て、伯父の後を継いで医師になるべく京都帝国大学医学部予科へと進学を果たします。
やなせ自身、自著の中で弟に対するコンプレックスや劣等感を抱いていたことを赤裸々に告白しています。「弟は神童だった」「何をやっても弟にはかなわない」。そんな引け目を抱きつつも、やなせにとって千尋は自慢の弟であり、何にも代えがたい無二の親友でもありました。千尋もまた兄の才能を誰よりも信じ、嵩が描く漫画や詩を心から称賛していたと伝えられています。