日ソ中立条約破棄の真相|スターリンの思惑と北方領土への爪痕
日ソ中立条約破棄の真相|スターリンの思惑と北方領土への爪痕の見逃せないポイントを徹底的にカバーしました。
Q1:日ソ中立条約の有効期間はいつまでだったのですか?
A1:1941年4月13日に調印され、本来の有効期間は1946年4月までの5年間でした。ソ連は1945年4月に「延長しない」と通告しましたが、条約規定上は1946年春まで有効だったため、1945年8月の参戦は明確な条約違反にあたります。
Q2:なぜ日本はソ連の参戦を直前まで見抜けなかったのですか?
A2:大戦末期の日本指導部が、米英との和平調停の窓口としてソ連に過度な期待を寄せていたためです。関東軍の戦力削減など軍事情報からソ連軍の集結は察知されていたものの、「中立条約があるからすぐに攻めてはこない」という希望的観測が優先されてしまいました。
Q3:ヤルタ会談での密約は国際法上有効だったのですか?
A3:当事国である日本のあずかり知らぬ場所で結ばれた首脳間の秘密協定であり、領土不拡大を掲げた大西洋憲章の原則にも反しています。日本政府は一貫して、ヤルタ密約は領土帰属の最終的な法的根拠にはならないとの立場をとっています。