全日本女子プロレス名鑑!昭和黄金期の激闘と伝説たちの現在地
全日本女子プロレス名鑑!昭和黄金期の激闘と伝説たちの現在地の要点を丁寧に掘り下げてご紹介します。
全女のマットが他団体のプロレスと決定的に異なっていたのは、「一歩間違えれば命を落とす」という剥き出しの緊張感でした。選手たちの自著や当時の関係者手記には、華やかなリングの裏で繰り広げられた壮絶な実態が生々しく記されています。
その象徴と言えるのが、1987年4月、当時「宇野久子」リングネームで戦っていた北斗晶の首骨折事故です。長与千種のセカンドロープからのツームストーン・パイルドライバーを受けた瞬間、頸椎を骨折。自著『あきらめないで』において「天井の照明がぐるぐる回り、首から下がまったく動かなくなった」と回顧した恐怖の瞬間でした。リングサイドにいた馳浩らが応急処置を施し一命を取り留めたものの、医師からは二度とリングに立てないと宣告されました。しかし、彼女は首にギプスを巻いたまま過酷なリハビリを耐え抜き、奇跡の復活を遂げたのです。
この極限の肉体と精神のせめぎ合いは、1993年4月2日の横浜アリーナ「夢のオールスター戦」で結実します。他団体(LLPW)の神取忍と繰り広げた一戦は、互いの顔面を拳で殴り合い、リング上が鮮血で染まる壮絶な死闘となりました。「プロレスの枠を超えた真剣勝負」として今なお語り継がれるこの試合によって、北斗晶は一躍時代の寵児となり、女子プロレスブームは爆発的なピークに達しました。
現場を間近で目撃した記者の記録によると、全女の選手たちは日頃から「会社にも対戦相手にも舐められたら終わり」という強烈なライバル心を叩き込まれていました。同僚でありながら口も利かない派閥抗争、リング上でのリアルな制裁。演出と現実の境界線が蒸発したリングこそが、全女という狂気の引力だったのです。