名優・神山繁の死去と死因の真相|晩年の闘病と遺言に見る美学
名優・神山繁の死去と死因の真相|晩年の闘病と遺言に見る美学の全体像を丁寧に掘り下げてご紹介します。
神山繁さんの役者人生は、戦後の日本演劇界の歩みそのものでした。若き日に海軍経理学校で培った揺るぎない規律と高い英語力は、その後のキャリアにおいて強力な武器となります。1952年に名門・文学座へ演出助手として入団後、類まれな存在感を見出されて俳優へ転向。1960年代にはTBS系メガヒットドラマ『ザ・ガードマン』に出演し、知性派ガードマン役で一世を風靡しました。
特に映画界において、神山さんの放つ冷徹なリアリズムは唯一無二でした。リドリー・スコット監督がメガホンを取った1989年の米映画『ブラック・レイン』では、松田優作さんや高倉健さんとともに出演。オーディションの場で見せた流暢な英語と堂々たる立ち振る舞いに、スコット監督がその場で起用を即決したという逸話は今なお語り草です。大阪府警の大橋警視役として、マイケル・ダグラス演じるアメリカ人刑事と対等に渡り合う威厳は世界中を唸らせました。
晩年の傑作として外せないのが、北野武監督による2012年の映画『アウトレイジ ビヨンド』です。関西最大の暴力団「花菱会」の布施会長役を怪演。声を荒らげることなく、冷徹な微笑と静かなトーンで相手を心理的に追い詰める演技は、名だたる名優たちの中でもひときわ異彩を放っていました。