カールの東日本撤退から今…なぜ西日本限定?東京での入手術と真相
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1968年(昭和43年)に登場した明治カールは、日本で初めて一般に普及した本格的なコーンスナック菓子でした。「お菓子はおやつであり、食事ではない」という常識を覆し、米国のポップコーンにヒントを得て開発されたカールは、発売と同時に爆発的なヒットを記録します。最盛期である1990年代半ばには年間売上高が約190億円に達し、まさに日本のおやつの頂点に君臨していました。
転機が訪れたのは2000年代以降のことです。スナック菓子市場ではポテトチップスのバリエーション拡大に加え、激辛系や濃厚おつまみ系、さらには健康志向スナックなど競合商品が乱立。若年層の嗜好の多様化に押され、明治スナック菓子売上推移は右肩下がりの局面を迎えます。2010年代半ばには売上が約60億円にまで激減し、最盛期の3分の1以下にまで落ち込んでいました。
カールは形状が大きくかさばるため、輸送時の積載効率が極めて悪いという構造的弱点を抱えていました。物流コストが急騰する中、低迷する売上に対して全国5拠点(宮城、埼玉、静岡、大阪、愛媛)の生産設備を維持し続けることは、企業の収益構造として限界に達していたのです。カール生産終了噂の真相をたどると、一時はブランド自体の完全消滅も検討されるほどの危機的状況だったことが分かります。