昭和天皇の原点・乃木希典との絆|厳格な教育と殉死の真相に迫る

昭和天皇の原点・乃木希典との絆|厳格な教育と殉死の真相に迫るの見逃せないポイントを一挙に解説しました。

1907年(明治40年)、明治天皇は日露戦争の英雄である陸軍大将・乃木希典を第10代学習院院長に抜擢しました。日露戦争で愛息2人を失い、旅順攻囲戦で多くの将兵を犠牲にした責任に苦悩していた乃木に対し、明治天皇は「自分の孫である裕仁親王(後の昭和天皇)をはじめとする皇族・華族の子弟を立派な日本人に育て上げてほしい」という至上命題を託したのです。

当時の学習院には華族特有の華美や怠惰な風潮が漂っており、明治天皇はこれを深く憂慮していました。そこで白羽の矢が立ったのが、自他共に厳しく、無私無欲で清廉潔白な生き方を貫いていた乃木でした。乃木は院長就任にあたり、「皇孫殿下を特別扱いせず、他の学童と等しく鍛え上げる」という覚悟を胸に、教育改革へと乗り出しました。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

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