三菱創始者・岩崎弥太郎の生涯!貧農から日本一への軌跡と真相
三菱創始者・岩崎弥太郎の生涯!貧農から日本一への軌跡と真相に関する深掘り解説を丁寧に解説いたします。
岩崎弥太郎が遺した影響力は、企業組織にとどまらず日本の政財界の閨閥(けいばつ)形成にも色濃く反映されています。岩崎家の家系図を辿ると、日本の近代政治史・経済史の中枢を担った名家との華麗な婚姻関係が浮かび上がります。
弥太郎の長女・春路は、後に第24代内閣総理大臣を務めた加藤高明に嫁ぎました。また、三女の雅子は、第44代内閣総理大臣であり戦前・戦後の外交を主導した幣原喜重郎の妻となっています。政権中枢と強固なパイプを築いたことで、三菱は単なる民間企業を超えた国家的重要組織としての基盤を強固にしました。
弥太郎亡き後の三菱を率いたのは、2代目総帥となった実弟・岩崎弥之助と、3代目総帥となった弥太郎の長男・岩崎久弥、そして4代目の弥之助の長男・岩崎小弥太です。弥太郎が敷いた「独裁と現場主義」の基盤を、弥之助と久弥が「多角化と組織経営(鉱山、造船、銀行、不動産)」へと昇華させ、小弥太の時代に各事業部を株式会社として独立・分社化させる近代的な持株会社体制を完成させました。
戦後のGHQによる財閥解体によって「三菱本社」という持株会社は解散を余儀なくされましたが、各社に根付いた「所期奉公(社会貢献)」「処事光明(公明正大)」「立業貿易(グローバル視点)」という三菱の根本理念(三綱領)は、現在も三菱UFJ銀行、三菱商事、三菱重工業をはじめとする金曜会加盟各社に受け継がれています。