前田敦子のAkb時代を解剖!不動のセンターが遺した伝説と卒業の真相
前田敦子のAkb時代を解剖!不動のセンターが遺した伝説と卒業の真相にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。
前田敦子さんのAKB時代を語る上で欠かせないのが、大島優子さんとの希有なライバル関係です。2人の関係は、メディアによってしばしば「太陽と月」「天性と努力」「動と静」として対比されました。
抜群のダンススキルと人懐っこい笑顔でファンを魅了し、劇場公演を支え続けた大島さんと、シャイで感情を表に出すのが苦手ながらもカメラの前に立つと圧倒的な求心力を放つ前田さん。2009年の第1回選抜総選挙では前田さんが1位(4,630票)を獲得しましたが、2010年の第2回総選挙では大島さんが31,448票を獲得して逆転。「背中を押してくださいとは言いません。ついてきてください」と言い放った大島さんの堂々たる姿に対し、2位に甘んじた前田さんは舞台裏で過呼吸に陥り、崩れ落ちました。
そして迎えた2011年6月9日、日本武道館での第3回選抜総選挙。139,892票という驚異的な得票数で女王の座を奪還した前田さんは、涙で顔を濡らし、過呼吸で肩を激しく上下させながらマイクを握りました。
「私のことが嫌いな方もいると思います。ひとつだけお願いがあります。私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」
この言葉はテレビ生中継を通じて日本中に衝撃を与え、流行語大賞の候補にも選ばれるほどのインパクトを残しました。しかし、この言葉は決して巧みなパフォーマンスとして用意されたものではありませんでした。当時、インターネット掲示板やSNSでは「なぜ前田ばかりが優遇されるのか」「大島優子の方がセンターにふさわしい」といった激しい誹謗中傷が渦巻いており、10代後半の少女が一人で受け止めるにはあまりに過酷なバッシングが存在していたのです。
自分の存在がグループに対する批判の矛先になっているのではないかという自責の念、そして何があってもAKB48という居場所を守りたいという悲痛な覚悟。あの名言は、極限状態に置かれたエースの魂の叫びそのものでした。