忌野清志郎の死因と壮絶な闘病|声を残す決断の真相と最期の瞬間
忌野清志郎の死因と壮絶な闘病|声を残す決断の真相と最期の瞬間を徹底追究! 読者が気になる 情報と解説を凝縮して配信します。
清志郎の闘病生活を語る上で欠かせないのが、2008年2月10日に開催された日本武道館での「完全復活祭」です。喉頭がんの発表から約1年7ヶ月、ステージに現れた彼は、以前と何ら変わらない華やかな衣装とメイクをまとい、約1万3,000人の大歓声を受け止めました。
オープニングのシャウトからアンコールに至るまで、力強いボーカルで「雨あがりの夜空に」や「JUMP」を歌い上げ、観客を熱狂の渦に巻き込みました。「完全復活」という言葉に偽りがないことを実証したこのライブは、今なお日本のロック史に残る伝説の一夜として語り継がれています。
しかし、過酷な現実は容赦なく彼を追い詰めました。武道館からわずか5ヶ月後の2008年7月、定期検査で左腸骨(骨盤の骨)への転移が判明。再びライブ活動の無期限休止を余儀なくされます。骨への転移は激痛を伴いますが、彼は弱音を吐くことなく、愛用のロードバイクに跨る姿をファンに発信するなど、再びステージへ戻る希望を捨てませんでした。
明けて2009年の春、病状は急変します。がん細胞が肺のリンパ系を侵食し、癌性リンパ管症を発症。呼吸困難が急速に悪化し、緊急入院となりました。最期の様子について関係者が明かしたところによると、苦悶の表情を浮かべることはなく、愛する家族や長年の音楽仲間が見守るなか、静かに安らかに旅立っていったと伝えられています。
同年5月9日に東京・青山葬儀所で執り行われた告別式「忌野清志郎 A GOGO」には、雨の中4万人を超えるファンが詰めかけ、盟友・甲本ヒロト(ザ・クロマニヨンズ)が「清志郎、ありがとう」と涙ながらに語りかけた弔辞は、列席者だけでなく日本中のファンの涙を誘いました。