「うだつが上がらない」語源の真相!美濃・脇町の歴史と歩き方徹底ガイド

「うだつが上がらない」語源の真相!美濃・脇町の歴史と歩き方徹底ガイドの見逃せないポイントを一挙に解説しました。

「うだつ」とは、もともと日本建築において屋根裏の棟木を支える短い柱(宇立)を指す言葉でした。それが平安時代以降に変化し、中世から近世にかけて隣家との境界に設ける防火壁としての構造を意味するようになります。

江戸時代の城下町や商業都市では、敷地の間口が狭く奥行きが深い町家が密集して軒を連ねていました。一度火災が発生すると瞬く間に火の粉が燃え広がるため、2階の屋根の左右両端に壁を一段高く突き出し、瓦を葺いて漆喰(しっくい)で塗り固めた構造物=「うだつ」を設けることで、隣家からの延焼(類焼)を食い止める仕組みが考案されたのです。

しかし、このうだつを1基設置するには、当時の一般的な町家を1軒建てる費用に匹敵するほどの高額な費用(現在の貨幣価値にして数百万円〜1,000万円超相当)を要しました。重量のある瓦と漆喰壁を支えるため、建物本体の梁や柱にも極めて強固で高価な銘木を用いなければならなかったためです。

この経済的背景から、「うだつを上げられるのは一握りの大商人だけ」という社会通念が定着しました。結果として、甲斐性がないことや出世の兆しが見えない状態を指して「うだつが上がらない」と表現するようになったのが、現在に伝わる語源の真相です。実用的な防災設備として始まったうだつは、時代が下るにつれて家紋を彫り込んだり豪華な破風や懸魚(げぎょ)をあしらったりと、商家の威信を誇示するステータスシンボルへと変貌を遂げていきました。

山崎 陸

山崎 陸

ガジェット&アプライアンスライター

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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