片岡篤史と立浪和義の真実!Pl黄金期から中日共闘・不仲説の裏側
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二人の原点は、大阪の強豪・PL学園高校時代にあります。1987年の甲子園で春夏連覇を達成したチームは、現在でも高校野球史上最強チームのひとつに数えられます。キャプテンとしてショートを守りチームを統率した立浪和義、そして3番や5番を打ちサードを守った片岡篤史は、投の柱である野村弘樹や橋本清らとともに黄金期を築き上げました。
当時のPL学園野球部といえば、上級生への絶対服従や独自の「付き人制度」など、極限の厳しさで知られる全寮制生活が敷かれていました。朝から晩まで緊張感に包まれる日々のなか、1年生の部屋員として過酷な雑務をこなした経験が、二人の絆の強固な土台となっています。
立浪は当時から群を抜く野球センスとストイックな姿勢で同級生からも一目置かれる存在でした。一方の片岡は、持ち前の明るさと人柄で過酷な合宿所の空気を和らげるムードメーカーでもありました。夜中に先輩のユニフォームにアイロンをかけながら語り合った日々や、限られた自由時間の中で励まし合った記憶は、二人の間に理屈を超えた連帯感を生み出しました。