喜劇王・三木のり平の死因と壮絶闘病記|桃屋Cmと放浪記に捧げた生涯
喜劇王・三木のり平の死因と壮絶闘病記|桃屋Cmと放浪記に捧げた生涯の特集記事をご紹介します。専門的な知識がチェックできます。
三木のり平の名を語る上で欠かせないのが、株式会社桃屋のテレビCMです。1958年に放送を開始した「助六編」から始まり、「江戸むらさき」や「ごはんですよ!」のCMに登場する丸眼鏡のキャラクターは、のり平本人の風貌とキャラクターを見事にアニメーション化したものでした。
ネット上のコミュニティやSNSでは、「子どもの頃、三木のり平という実在の俳優がいると知らず、あのアニメキャラクターの名前だと思っていた」という回想がしばしば見受けられます。それほどまでにキャラクターとお茶の間の日常が一体化していました。
のり平の逝去後、その魂を引き継いだのが長男で喜劇俳優の小林のり一でした。父の独特な江戸前の語り口、とつとつとしながらも温かみのある声質を受け継ぎ、桃屋のCMナレーションを担当。親子二代にわたってブランドの顔を務めました。息子のり一もまた、舞台や寄席の現場で喜劇の技を磨き続け、2020年12月に69歳で惜しまれつつ世を去るまで、父の遺した芸の灯火を守り抜きました。