芸術は爆発だの真意とは?岡本太郎が語る命の全開とCm誕生の真相

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なぜ岡本太郎は、そこまでして「安全な生き方」を否定し続けたのでしょうか。その答えは、彼が歩んだ特異な生涯と経歴の中に隠されています。

漫画家の岡本一平と作家の岡本かの子という、強烈な個性を持つ両親の長男として1911年に生まれた太郎は、幼少期から既成の枠組みに激しく反発しました。決定的な転機となったのは、1930年からの約10年間に及ぶパリ留学です。ソルボンヌ大学(パリ大学)でマルセル・モースに師事して民族学を学び、思想家ジョルジュ・バタイユが主宰する秘密結社「アセファル」に参加した経験は、太郎の骨格を決定づけました。バタイユの「過剰と蕩尽(生産のためではなく、ただ生命を使い果たすこと)」の思想は、後の「爆発」の概念と深く響き合っています。

第二次世界大戦の過酷な中国戦線への出征と復員後、太郎は日本の古美術界を支配していた「わび・さび」や「優雅・繊細」といった既存の美意識に真っ向から異を唱えます。1951年、東京国立博物館で縄文土器に出会った彼は、その禍々しくも力強い文様に原始の生命力を見出し、「これこそが日本美術の源流だ」と論陣を張りました。

その闘争精神の集大成が、1970年大阪万博(日本万国博覧会)のテーマプロデューサーとして手掛けた「太陽の塔」です。「人類の進歩と調和」という近代合理主義を礼賛する巨大イベントのど真ん中に、太郎は縄文の呪術的エネルギーを宿した異形の巨塔を突き刺しました。「調和なんてお祭り騒ぎの中に進歩があるものか。ぶつかり合い、矛盾を呑み込む生命の混沌こそが万博の真髄だ」という太郎の反逆精神は、70メートルの塔となって大屋根を突き破り、半世紀以上が過ぎた今も大阪の空を見据えています。

松本 悠斗

松本 悠斗

サステナビリティ研究家

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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