チャゲアス『万里の河』歌詞の深層と制作秘話!なぜ日本中を熱狂させたのか
チャゲアス『万里の河』歌詞の深層と制作秘話!なぜ日本中を熱狂させたのかの概要と注目ポイントを一挙に解説しました。
大ヒットは栄光をもたらした一方で、若き二人に重い足かせをはめることにもなりました。当時の音楽業界やメディアから「チャゲアスといえば『万里の河』のような演歌風フォーク」という強い固定観念を持たれてしまったためです。
後年のインタビューや自著において飛鳥涼は、「ヒット以降、制作陣や周囲から『万里の河っぽい曲じゃないと売れない』と求められ続け、非常に息苦しい時期を過ごした」と率直に明かしています。本人たちが志向していたブリティッシュロックや洗練されたAOR、ポップスの要素を出そうとすると、「らしくない」と却下される日々が続きました。
この重圧により、80年代前半は一時的にヒットチャートから遠ざかり、メディアからは「一発屋で終わるのではないか」と冷ややかな視線を向けられた時期もあります。しかし、彼らはライブハウスやホールツアーで地道に実力を磨き上げ、1986年の『モーニングムーン』で見事にロックバンド編成のサウンドへと転換。さらに90年代に入り『SAY YES』や『YAH YAH YAH』で社会現象を巻き起こすダブルミリオンを連発することになります。
『万里の河』という巨大な成功体験に縛られず、その呪縛を打ち破るために音楽的変革を重ねたことこそが、彼らを日本を代表するモンスターデュオへと成長させた最大の原動力でした。