現存する天守閣はなぜ12城だけ?国宝5城の奇跡と残った理由を徹底解剖
現存する天守閣はなぜ12城だけ?国宝5城の奇跡と残った理由を徹底解剖について押さえておきたい 注意点を分かりやすく解説いたします。
Q1:現存天守と「木造復元天守」は何が違うのですか?
A1:現存天守は江戸時代以前に建てられた当時の部材が現在まで物理的に残っている城を指します。一方、白石城(宮城)や掛川城(静岡)、大洲城(愛媛)などの木造復元天守は、古文書や設計図(指図)を精密に解析し、現代の宮大工の手で伝統工法を用いて新しく忠実に再建した天守です。歴史的真正性(オーセンティシティ)において現存天守とは明確に区別されます。
Q2:なぜ東日本には現存天守が弘前城と松本城の2つしかないのですか?
A2:東日本に現存天守が極端に少ない理由は、複合的な歴史要因によります。幕末の戊辰戦争において東北・北越地方が激しい戦場となり多くの城郭が被災・破却されたこと、明治維新後の廃城令で旧幕府方の城郭が優先的に解体・陸軍用地化されたこと、さらに関東大震災や太平洋戦争の空襲で残存施設が失われたことが大きく影響しています。
Q3:丸岡城の建築年代が寛永期と判明した今、日本で「最も古い現存天守」はどこですか?
A3:現在、現存最古の天守を巡っては松本城(天守群の一部が1593〜1594年頃)と犬山城(天守主要部が1601年頃、一部古材の利用)の間で議論が続いています。松本城は五重六階天守として現存最古であることが確実視されており、犬山城も最古級の望楼型天守として極めて高い評価を維持しています。