行川アイランド閉園の真相と跡地の今|駅だけ残る理由と野生化問題
行川アイランド閉園の真相と跡地の今|駅だけ残る理由と野生化問題にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。
行川アイランドは、1964年(昭和39年)、東京オリンピック開催の年に開園しました。房総半島の風光明媚な海岸段丘を活かし、園内にはヤシの木が植えられ、まるで南国ハワイを彷彿とさせるリゾートパークとして整備されました。当時の勝浦市観光の起爆剤となり、首都圏近郊の家族連れや修学旅行生で連日大盛況を記録しました。
同園の代名詞となったのが、数百羽のフラミンゴが一斉に指揮者の合図で優雅に行進する「フラミンゴショー」や、クジャクの飛行ショーです。動物の自然な習性を巧みに活かした演出は当時としては極めて画期的で、テレビCMの軽快なキャッチフレーズとともに日本全国にその名が知れ渡りました。全盛期(1970年代)には年間入場者数が110万人を突破し、南房総エリアを代表する観光名所として君臨したのです。