後藤忠政元組長の現在と波乱の経歴|カンボジア移住の真相に迫る
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飛ぶ鳥を落とす勢いだった後藤組長に転機が訪れたのは2008年秋のことでした。六代目山口組(司忍組長・髙山清司若頭体制)が組織統制を強めるなか、後藤氏は持病の治療などを理由に執行部の定例会を欠席。その一方で、自身の誕生日を祝う大規模なゴルフコンペを催し、有名演歌歌手らを招いていたことが発覚します。
山口組執行部はこの行為を「組織の規律を乱す重大な反逆」とみなし、2008年10月、後藤氏に対して最も重い処分である「除籍(後に絶縁)」を通告。長年にわたり山口組の武闘・経済の両面を支えてきた大幹部が、突如として裏社会の表舞台から完全に退場することとなりました。処分直後、後藤組は解散を表明し、後継組織(良知組・藤友会など)へと再編・分割されています。
引退から約1年半後の2010年5月、後藤氏は自叙伝『憚りながら』(宝島社)を出版。同書は累計数十万部を超える大ベストセラーを記録しました。手記の中で後藤氏は、かつて自らが関わった政治家への選挙支援、大手宗教法人との裏交渉、さらには自身の肝臓移植手術を受けるために米連邦捜査局(FBI)へ情報提供を行ったとされる米極秘渡航の経緯まで、実名交じりで赤裸々に告白。この手記の波紋は国会やメディアでも大きく取り上げられ、日本の政財界と裏社会の癒着構造を白日の下に晒すこととなりました。