日本の最大領土はいつ?帝国時代の面積と世界順位・Eez徹底比較

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「日本の最大領土はいつ、どれほどの規模だったのか」という問いに対しては、法的な「主権領土」と、戦時体制下における「実効支配地域(軍事占領地)」の2つの側面から明確に答える必要があります。

まず、国際条約に基づいて大日本帝国の主権が公認されていた「法的領土」のピークは、1942年(昭和17年)初頭です。この時点での主権領域は、日本本土(内地:約38.2万km²)に加え、日清戦争で獲得した台湾(約3.6万km²)、日露戦争で領有した南樺太(約3.6万km²)、そして1910年の韓国併合による朝鮮半島(約22.1万km²)を合わせた約67.4万平方キロメートルでした。これは現在の日本国土(約37.8万km²)の約1.8倍に相当し、当時の独立国における領土ランキングでは世界20位台後半に位置していました。

一方で、太平洋戦争(大東亜戦争)下における「最大進出線(勢力圏)」を基準にした場合、その版図は劇的に膨張します。1942年夏のミッドウェー海戦およびガダルカナル島の戦い直前、日本軍は東南アジア全域(フィリピン、英領マレー、蘭領東インド、仏領インドシナ、ビルマ)および太平洋諸島、中国大陸の広大な沿海部を支配下に置きました。

この軍事占領地と実質的な傀儡国家(満洲国など)を合わせた陸地面積は約740万〜850万平方キロメートルに達しました。当時の世界ランキングに当てはめると、大英帝国、ソビエト連邦、フランス植民地帝国、アメリカ合衆国に次ぐ世界第5位前後に匹敵する巨大版図を一時的に現出させていた計算になります。

高橋 健太

高橋 健太

ライフスタイル編集者

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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