増位山太志郎『そんな夕子にほれました』夕子の実在と作詞の謎を検証

増位山太志郎『そんな夕子にほれました』夕子の実在と作詞の謎を検証の見逃せないポイントをわかりやすく整理しました。

現在、検索エンジンやSNSのコミュニティを見渡すと、「そんな夕子にほれましたの作詞は阿久悠、作曲は徳久広司」と思い込んでいる書き込みが少なくありません。しかし、これは明らかな記憶違いと情報の混同によるものです。

公式のレコードジャケットおよびJASRAC登録情報に記された正規クレジットは、作詞:海老名香葉子、作曲:山路進一です。

なぜ阿久悠や徳久広司の名が結びつけられたのでしょうか。その背景には、増位山が1977年に放ったもうひとつのミリオンヒット曲『そんな女のひとりごと』の存在があります。この楽曲の作曲を手掛けたのが名匠・徳久広司であり、さらに昭和を代表するヒットメーカー・阿久悠が数多くの夜のムード歌謡を手掛けていたこと、そして増位山の「そんな〜」シリーズの派生作品群の記憶が、ネット上で無意識に混ざり合ってしまったのが真相です。

そして最大の関心事である「夕子は実在したのか?」という問いに対する答えです。作詞を手掛けた海老名香葉子(初代林家三平夫人)の手記や過去のインタビュー記録を紐解くと、特定の愛人や実名女性をそのまま描いたドキュメンタリーではないことが分かります。しかし、完全な絵空事でもありません。

海老名自身が東京の下町・根岸で暮らし、芸界を支え、夜の街で懸命に生きるホステスたちの相談に乗る中で目撃してきた「影のある女たち」の断片が織り込まれています。グラスを持つ手を震わせ、辛い過去を背負いながら、健気に愛を求める女性たち。海老名は彼女たちの痛切な叫びをひとりの架空の女性「夕子」に集約させました。つまり、夕子は昭和の夜の街に確かに実在した無数の女性たちの結晶(集合的ペルソナ)だったのです。

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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