伝説の名優・原田芳雄の壮絶な最期と逸話|昭和を熱くした男の真実
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1940年、東京都に生まれた原田芳雄の原点は、名門として知られる俳優座養成所第15期生にあります。同期には地井武男、夏八木勲、太地喜和子、村野武範、前田吟など錚々たる顔ぶれが揃い、のちに「花の15期生」と称された黄金世代でした。
当時の新劇界や映画界の主流であったスマートで端正な二枚目像に対し、原田芳雄は長髪、無精髭、気だるげで野性味あふれる佇まいで登場。1968年の映画『復讐の歌が聞える』で映画デビューを果たすと、既存の秩序に縛られないアウトローな役柄で瞬く間に若者たちの熱狂的な支持を集めました。
当時の映画会社専属制度や既存のシステムに反旗を翻し、インディペンデント映画やアヴァンギャルドな作品へと果敢に飛び込んでいった原田。体制に媚びず、自らの直感と美学だけを信じて突き進むその反逆の姿勢が、昭和のアングラ文化やニューシネマの潮流と共鳴し、時代を象徴するアンチヒーローとしての地位を確固たるものにしていきました。